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♂ 「あ」行

駒の冥福を祈る一日

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              20070610074118.jpg    20070610074149.jpg
1993年の6月30日、BEYONDの黄家駒(ウォン・ガークイ)が亡くなりました。どれだけの人の記憶に残っているかわかりません。
日本のバラエティ番組の収録中の不幸な事故により香港が誇る才能がひとつ消えました。香港のミュージックシーンにとって歴史的な大損失。

その事故の時、当時勤め人だった私は社員旅行で香港に行っていたんです。駒の回復を祈って現地では密かにコーヒー絶ちをしましたが、その思いは届きませんでした。

折りしも香港は台風直撃で総勢100人余りは香港に足止め。香港の風が日本人に痛い仕打ちをしていると思ったものです。

帰国後、残業中にかけていたFMラジオで駒の死を知りました。目の前真っ暗、とはあのことです。突然号泣する私に同僚たちはドン引きしてましたっけ(苦笑)。

駒が私にもたらしてくれた縁には今も感謝しています。
日本での“お別れの会”で16年ぶり?にクラスメイトに再会しました。
音楽ライターの壬生昌子さんです。
実は彼女とは同じ高校。席順が50音順だったもので前後して座っていて、いつもエンピツで背中をツンツンされて“いじられて”いたのはワタシです(笑)。
まさか“香港”などという、非常に特殊な興味で一致するなんてねぇ。
もちろん高校時代は共にこんな仕事をするとは思ってもいなかったわけでして。
以来、彼女の音楽知識と私の映画知識は互助関係(笑)にあります。いつまでも報われない中国語圏文化伝道の同志・戦友といったところでしょうか。

駒が亡くなったのは30歳。2つ違いの弟・黄家強(スティーブ・ウォン)は今年43歳になります。あー時の流れ…。

ちょうど命日には香港滞在中。将軍澳の墓地は無理でも九龍塘の省善真堂にはお参りに行くつもりです。
回帰十周年に沸き立つ香港、ラジオからBEYONDの曲は流れてくるでしょうか… 少なくともホテルの部屋でCDをかけつつ冥福を祈りたいと思います。


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~ Comment ~

ユンロンさん 

私も「逃避行(天若有情)」でいいなぁと思ったのが最初だったかもしれません。
写真つきのお墓、香港で初めて見てびっくりしました。
写真の中の故人と会話ができる感じがいいですよね。

もう、そんなに経ってしまったんですね。 

BEYONDを知ったのは、華仔の映画の挿入歌。

亡くなった当時、同僚の奥さん(台湾人)は、「ウッチャンは大嫌い!」と言っていたのを思い出します、、。

その後、友人と香港に行く度に藍田からタクシーに乗って、家駒のお墓参りに行っていました。
香港のお墓って写真が埋め込まれているから、本人がいるような気がしました、、、。ギターの形も家駒らしいですね。

久しぶりに、また訪れてみようかと思います、、、。






nancixさん 

「籠民」は最初トニーにオファーだったんですか!知りませんでした。そういえば「犬系」なところが似ているかも(笑)。駒亡き後、BEYONDのメンバーの再来日は本当に嬉しかったです。いけなかったけれど。

確かトニーと家駒さんは同い年… 

 事故の約一週間後に、大阪の千里セルシー広場でBEYONDのライブがあるはずだったんです。楽しみにしていました。
 確か家駒さんはトニー・レオンと同い年で同月生まれではなかったでしょうか? 「籠民」の主人公役は、当初トニー・レオンを想定していたとラブリー・ジェイコブ張之亮監督が語っていましたっけ。富士山麓で合宿して、いよいよ日本で"偶像"としてではないバンド活動ができると楽しみにしていたBEYONDなのに…。香港で、ファンが家駒さんの回復を祈ってローソクともしていた活動、後にUFO電影人のシニカル映画「救世神棍・Heaven Can't wait」でパロっていて、こらこらファンは必死だったのに!と苦笑したりしました。
 神戸にWing葉世榮さんがライブに来てくれたときも、大阪でショーン・ユー余文楽が家強さんと「無間道」1、2の主題歌をデュエットしたときも、家駒さんをしのびながらせっせと応援しましたよ…。
 

すーれんさん 

時代が移ってもBEYONDの音楽は全く古さを感じさせない。つくづくすごいと思います。ほんと、永遠に不滅ですね。

 

みなさんのコメントを見て、BEYOND、家駒が多くの人に支持さているのだと改めて感じました。
当時、家人が持ち帰ったスポーツ新聞で事故を知って、必死で助かりますようにと祈りましたが・・・。
家駒の歌声がとても好きです。「海闊天空」を聴くと胸が締め付けられるような想いがしますが、頑張ろうというエネルギーをくれます。バンドとしての形はなくなっても彼らの音楽は永遠です。

ローラさん 

KOMAの遺影はお堂に入って右側の高いところにあります。今も同じ場所なら。少し大きいのですぐ見つかると思います。また訪ねるチャンスがあったら是非。『無間道2』のBEYONDの主題歌を聴いた時、スティーヴの声が前以上に駒に似ていて愕然としました。BEYONDは解散しても駒の志は永遠に続くものと信じています。

 

たくさんの方々のコメントを読んで、改めて家駒さんの冥福を祈りました。
当時はまだ香港芸能には全然興味がなかったけれど、この事件は良く覚えています。あの頃の日本のバラエティー番組は、芸人がまるでおもちゃのように扱われていて、その低俗さに嫌気がさしていました。そんな番組で海外から日本へやってきてこんな目に会うなんて、なんてむごい事かと憤りました。
その後香港芸能を知り、華仔の「天若有情」で初めてBEYONDの歌に出会い、この声が失われてしまったのかと、改めて悲しくて悔しくてやりきれない気持ちに襲われました。
香港音楽界にとって本当に大きな損失だったと思います。

こうして皆で家駒さんのことをお話しするのが何よりの供養と思い、コメントに参加しにきました。きっかけを作ってくださったもにかるさんに感謝。

ところで省善真堂に家駒さんの霊位があるのですか?私は先日ここにアニタのお参りに行ってきました。次回はぜひとも家駒さんのお参りもしてきたいと思います。

ちねぷさん 

童顔のKOMAが30歳ということに当時は驚いたりもしました。もっとずっと私より下だと思っていたから(十分下ですけど:笑) ある意味私をグッと香港に引き寄せてくれた事件でもあったので彼のことは一生心の中に。

もう、とうの昔に… 

家駒さんの歳を追い越してしまいました…。若くして亡くなってしまって、ご本人も無念の思いでおられることでしょう。日本での活動を楽しみにしていたので、本当にショックでした。もっともっとたくさんの曲を聞きたかった!BEYONDが日本で成功していたら、香港の音楽界も変わっていたかもしれないのに(多分良い方へ)、と思うと、本当に残念でなりません。水田さんのおっしゃる通り、これからも「BEYOND」のことを忘れないでいきましょうね!

Katoさん 

私もKOMAの曲は、辛すぎて長い間聴けませんでした。2001年の6月だったと思いますが、担当していたラジオ番組で追悼プログラムを組んだとき、やっと解禁。結局、鼻声になっちゃって(笑)。それすらもう6年も前のことなんだ、とビックリです。

Wingsiさん 

7/2のポップロックコンサートに、解散したとは言え全員が出演するものと思っていたらWingだけ…そうか、もうそれぞれの道がすっかり出来上がったんだなと感慨深いです。

阿青さん 

誰かがどこかでこうやって事故の記憶を、KOMAの記憶を書き綴って伝えていくことが供養だと思います。monicalも当時「一年生」とはなんじゃい!って激怒した1人です。それを受け入れた彼らだから余計好感を持ったのかも。

学芸員Kさん 

あの日の衝撃は黒い澱となって心に沈んでいるような気がします。少なくとも事故に少しでも関係した当事者たちが一瞬でもあの日を悔いて欲しいと思います。

私も、 

当時の事を思い出すと今でもショックです。
徐々に知られてきてこれからという時でしたからね。
事故後の報道の扱いが小さかった事にも腹立てたり
しました。

『遙かなる夢に(海闊天空)』を聴くと、今でも泣けて
きます。

BEYOND 

家駒の命日には、香港へ行けないファンの分もお参りをお願いします。

私がBEYONDを知ったのは、2005年1月の香港でコンサートからなので、残念ながら家駒がいたBEYONDを知りません。彼が残した沢山の素晴らしい音楽を聞き、40代になった家駒はどんな活動をしたかしら・・・と思わずにはいられません。

BEYONDは解散しましたが、Paulも家強も世榮もソロで頑張っているようです。家強は7月末にライブを行う予定と聞きました。3人はこれからも自分の音楽を追求し、前進して行くことでしょう。水田さん、彼らのこともよろしくお願いします!

日本でも 

先日、ちょうど黄家駒のお誕生日の前日に、当時日本盤の製作を担当されていた音楽プロデューサー、佐久間雅一さんがブログでBEYONDのことを書いていらっしゃいました。
たまたまその日に、かつてBEYONDとお仕事をしたスタジオにいらしたのだそうです。
「もーまんたい」の歌から聞こえる、楽しそうな録音の様子が伝わってくるようでした。

当時は私も、日本版のCDを楽しみにして買った1人です。
アイドル雑誌に出ていた広告のコピーが「日本じゃ僕らも一年生」だったのを見てちょっぴり怒りました。
後になって、彼が担ぎ込まれた病院が勤め先の近くだったと知りました。
そういう時代が確かにありましたね。

あのときの記憶 

事故のあと、続報で彼の死を知ったときはショックでした。

「香港には芸能界はあるが音楽界はない」、とコメントしていたのはビヨンドだったのではないでしょうか。

亡くなった知らせを受けて、日本の番組のメインキャストの二人が号泣している映像が流れていたのを記憶しています。

返還10周年の香港で意義のある日をお過ごしください。

JKさん 

JKさんと同じような方多いのではないでしょうか。なんたって四大天王全盛の時代でしたから日本ではまだまだ香港ロックは認知されていませんでした。だから彼らの日本進出はとても楽しみだったし期待していました。そんな矢先。
もちろん日本に大勢いるに違いないファンの分まで、じっくりお参りしてきます!ラジオ局は必ずBEYONDの名曲を流してくれるでしょう。毎年変わらずにかかっていましたから。

Michiyoさん 

お別れ会にいらしたんですね。暑い日でした。みんな泣いてた…そんな場所の再会はKOMAが引き合わせてくれたと感謝しましょう。昨日のことのようですね。しっかりお参りしてきます。

 

あの事故当時のことを思い出すと今でも動悸が乱れそうです。大好きなBEYONDが日本進出して、いよいよメディアにも出始めようという頃でテレビにBEYONDが出るんだ!と喜んでいた矢先のことでした。事故の一報はたまたま会社でつけていたラジオ、J-WAVEのニュースでした。その日はほとんど仕事になりませんでした。
今でも家駒がいなくなってしまったのは信じがたいですね。BEYONDも解散してしまったし....。
私も"お別れ会"では香港留学時代の知り合いに遭遇するというもにかるさんのようなことがありました。とても暑い夏の日でしたよね。
私の分もお参りをお願いしたいと思います。

 

もう13年前になるんですね。
あの事故当時、わたしは広東語ポップスを聴くのが好きだったのですがロックは敬遠していてBEYONDは聴いていませんでした。だから事故のニュースには驚いたものの悲しみはありませんでした。
それから2年後ひょんなきっかけでBEYONDのCDを手にとり・・聴いてみて・・・どかーーーんときました。天地ひっくり返るような衝撃。こんな音楽を創りだす黄家駒がもうこの世にいないことが悲しくて悲しくて大泣きしました。
以後黄家駒はわたしの心の中に住み着いています。

水田さん、家駒にまつわるお話ありがとうございます。
壬生さんとの再会は不思議な、それこそ縁とかめぐり合わせとか呼ぶしかないような出来事ですね。

日本にいるとBEYONDのBの字も出てきませんが香港ではなんらかのニュースがあるでしょうか?今年もメンバーやご家族、ファンの方達がお墓参りされるのでしょうか?

月末に家駒のお寺に行かれるとのことですがどうかわたしの分のお参りもお願い致します。
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